エピソード集 |
![]() もう一人の男は、明らかに冬の服装でした。 どう見ても、他の人と季節感が違っていますし、無理がありました。 ただ、そのことは彼自身よくわかっていたし、何とかしたいとは思っていたはずです。 ただ、いまさらどうすることもできず、さも涼しげな顔をしてそれを着こなすしかなかったのです。 人にはいろいろ事情があるもので、彼にも実は事情がありました。 引越しと職場の異動。彼の最近は全くゆとりなどありませんでした。 引越しのダンボールもまだ開封していないものが多数あります。 ゴールデンウイークという微妙な季節に着る洋服など彼がすぐに用意できるわけはありません。 引越しの荷物から何とか引っ張り出したネルのシャツと冬物一式。 どうみても、この天候に恵まれた旅行には不釣合いな衣装達でした。 「それ、暑いんじゃない?」「Tシャツ買ったら?」「何でそんな格好してるの?」等々、様々な言葉が彼を攻撃しました。 しかし、彼はそれに耐え続けました。 くじらの博物館では、のんちゃんに、「このくじらのTシャツ買ったら?」とくじらの絵がついているTシャツを勧められていました。 しかし、彼は自分のセンスに合わなかったのか、それとも意地なのか、その勧めを聞き入れませんでした。 私にはわかっていました。きっと、彼には覚悟ができていたのでしょう。 持ってきた冬物の中でも比較的ましなシャツで3日間通そうと。 帰ってから聞いたのですが、実は最終日に彼はTシャツを買ったそうです。 私は全く気づきませんでした。 その証拠写真を探しましたが、ちょっとどれだか判りませんでした。 いったいどんなシャツを買ったのでしょう? あの、くじらのTシャツよりも素敵なTシャツはどんなだったでしょう? 【目次へ戻る】 |